『キコニアのなく頃に phase1 代わりのいる君たちへ』

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 怖くて怖くて、3年くらい積んでしまっていましたが……。世の中がいよいよメチャクチャになってきてこれ以上時期を逃すとまずいと感じたので、この夏に一念発起して読み切りました(竜騎士さん関連いつもそんなこと言ってる気がするけど、私にも様々な葛藤があるので……)。

 When They Cry正式ナンバリングなだけあって、竜騎士さんの「らしさ」が詰まった作品です。今回は第三次大戦後の軍事ジュブナイルSFという大風呂敷で、前2シリーズからずいぶん舞台の雰囲気が変わりましたが、それで余計に竜騎士さんの作家性が浮き彫りとなったように見えました。陰謀論とかカタストロフとか一瞬どうしちゃったのかと思いましたが、よく考えたら初期からちらちら顔を覗かせていた定番の文脈*1ですし、遂にそっちを話の主軸に据えちゃったか……という感じですね不安はあるけど以外ではない)。

 若者たちの他愛ない連帯が環境や立場の違いに翻弄されていく様は竜騎士さんの作品にずっと通底している「いつものやつ」で、これがなければと始まらないというところがあります。今回は国家や思想をまたぐぶん話が大きくなっていますが、根本は変わりないでしょう。あともう一つ大きなところとして、「個人の中に複数のキャラクターが宿る」モチーフは過去作でも腰を据えた話を既にやっていたので、今回再びこれを取り上げ、のみならずSF的な設定を固めて専用の舞台設定まで整えてきたのにはちょっと驚きましたね。竜騎士さん、このモチーフに対してここまで執念があったんだ……。

 繊細さと粗さがちぐはぐに同居するようなところは良くも悪くも竜騎士さんの昔からの作風ですが、これも本作では際立っています。なにせ題材が題材なので、第三次世界大戦後の世界情勢と国際紛争、蒙昧な民衆を影で操る秘密結社云々みたいな話がずっと続くわけで、「大丈夫なんかな、これ」*2と終始冷や冷やしていました。今回の題材に限っては誰がやっても適正な描写なんて土台無理な話なので、細かい粗の有無を取り沙汰しても仕方ないと思うのですが、そういうところに恐れず突っ込んでいく躊躇のなさがなるほど竜騎士さんというか……。

 あと例えば、「人種や思想の垣根を越えて、お互いの背景を尊重しつつ上手い距離感を見つけていこう」と子供たちが手探りで関係を築いていくエピソードは本当によく描かれていたと思うし、そういう細やかな手つきの中で「というわけでまずは万国共通の愉快な話題、下ネタで最初のご挨拶だ!」って雑なノリをいきなり突っこんでくるのが、何で!? ってなります。色んな宗教・思想の者が集ってるって言うとったやろがい!*3 どうしても下ネタをやりたかったんだろうし、竜騎士さんってこういう人だもんな……ってむしろ安心感すらありましたが……*4

 語り口がまた厄介の種で、竜騎士さんの地の文って作者の分身や神の視点ではなくて、エピソードごとに場面に合わせた謎の地の文人格がポップして語りだすようなところがあるんですね。本作は特にそれが顕著で、社会情勢の説明シーンなんかで特定勢力の価値観に身を置く地の文人格がほとんどプロパガンダみたいな主張を語り出す、ということが往々にしてあります。「社会はこんな仕組みで動いているのだ。愚かな民衆はそんなことを知らずにただ踊らされ……」みたいなキナ臭い話がどかどか出てくる。作者がこういうこと素で考えてたらマジ嫌だな……ってドン引きした気持ちになるんですが、これはおそらく意図的に仕組まれたプロパガンダ地の文で、でもどこまで素なのかはやっぱり分からないので本当に居心地の悪い気持ちになります。心が千々に乱れる。

 ちょっと危ない橋を渡っているという意識はあったと思うし、作品冒頭で過剰なくらい(やや皮肉まで込めて)「作品の内容は全てフィクションで作者の思想とは関係ありません」を強調していたのも、それを受けてのことなんだろうなと思います。実際に作品を読み終えても、陰謀論(に翻弄される人々)というテーマは意義深いもので、「今、こういう時代にこういう話をやる」ことへの強い意志を確かに感じました。だからこそ、2019年の作品公開後の世界情勢の劇的な変化はまさにクリーンヒットというか……元々想定していたシナリオで続編を出すわけにはいかなくなったという事情は本当によく分かります。

 この辺の流れで見かける「感染症と戦争が収まればキコニア続編を出せる」という意見はちょっと違うと思っていて、たしかに時事ネタに対する炎上リスクコントロールとしては「やり過ごす」*5も解決策になるんですが、竜騎士さんがキコニアに時代的な意義を持たせようとしているなら、陰謀論にせよ紛争にせよ、現実側での位置づけや想像のあり方が変わってしまったものをそのまま出すわけにはいかない、ということにやはりなろうと思います。本当にどうすんのこれ……と思うし、竜騎士さんが状況をしっかり受け止めていること、その上で続行の意思を表明してくれているのは救いなのですが、こればかりは頑張ってどうにかできる話ではないかもしれません。祈るしかない……。

そのほかメモ的なの

  • 御岳藤治郎、最初は「今回の富竹かー」って流しそうになったけど、世にある父親キャラの最悪面を煮詰めて培養したような極まった最悪父親概念になっていて本当に凄かった
    • でも母親の方が輪をかけてヤバそうなので慄くしかない
  • ミリタリーとか政治方面の素養は全然ないので話半分で読んでいたけど、そっちの人から見てどのくらいのものだったのかちょっと気になる。
    • こっち方面はあまり信用していないので、「かなりしっかりしてたよ」って言われたら謝らないといけない。
  • 既読者に「今回エヴァですよ」って言われて「たしかにSF的に重なってくるモチーフもあるけどそんなにエヴァかなあ……」って首を捻ってたんですが、クライマックス~エピローグの展開で完全に「エヴァじゃん!」ってなりました。
    • 竜騎士さんってよく分からんパロディを節操なく突っ込んできたりするけど、今回のこれに関してはかなり一貫してまとまりをもったエヴァをやっていて、テーマを重ね合わせて昇華していくぞという強い意志を感じましたね。
    • なんかこう、碇親子の関係性の中で、碇ユイがより能動的な自我のある黒幕としてゴリゴリ干渉してくるバリエーションというか……。
    • 調べたらファミ通のインタビューでジャンルとしてのエヴァンゲリオンをやっているような発言があった模様。そうなんだ……。

*1:ひぐらしは言わずもがな、『Rewrite』の竜騎士さん担当シナリオも終盤そういうとこありましたよね。

*2:多分何も大丈夫ではない。

*3:男女同席せずみたいな世論に晒されながらその場に立っている子もいるのに……。

*4:この手の話で一番「何で!?」ってなったのがこれですね……。もはや信念の域。

*5:いつまで待てばその時が来るのかは知らない。