酉島伝法『皆勤の徒』

 なんかSFらしいSFが読みたいな〜という気持ちになり、そういえばまだ読んでなかった酉島さんに挑戦。

 期待通りいかにも難解で、奇想の風景に浸れる小説でした。SF的にはお馴染みのネタを、和語とも漢語ともつかない独特の造語表現で異化していく趣向。それに加えて、「卑近で現代的な過重労働哀歌」「学生の友情と別れの物語」「ハードボイルドな探偵もの」「大陸風の徒弟にまつわる冒険もの」といった各話ごとに異なるモチーフを据えることで、連作短編としてもう一段階の面白味を足している……といった仕掛けは分かるんですが、SFネタに対する私の理解がそもそも怪しいのがネック。だいたい雰囲気で読めましたが、作品全体を貫く統一設定を把握するところまではいけませんでしたね……(大森望さんの解説がこれほどありがたいと思ったことはないかも)。

 そんななのでたいそう体力を使い、理解度もかなりあやふやな読書になりましたが、難解すぎて読む手が止まったり、退屈したりということは不思議とありませんでした。そんな読み方でも最後まで辿り着くことはできるし、理解が後から追いついてくることもある。雰囲気でなんとなく読んでも楽しい、というポイントは、この手の小説では特に強みなのかもしれません。

メギド72「トーア公御前試合」

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 めちゃくちゃ面白かったですね! 安定して面白い今年のイベントシナリオの中でも、さらに頭ひとつ抜けた完成度(ボジョレーではない)。微妙に五輪ネタを匂わせてるのもあって、「もしかして1年寝かせてちょこちょこ直してたのでは?」と思うくらい、細部までよく練られていたと思います。実際に描写されたのは一部の試合だけとはいえ、ちゃんとトーナメントものとして意味のあるシナリオだったのもよかったです。

 バロールの個、ボティスの変化をしっかり見せつつも、それぞれと絡めて元トーア公アイゼン、無敗の騎士マケルーというモブをこちらが主役かと思うような力の入れようで描いてくれたのが嬉しかったですね(アイゼンなんか専用登場曲みたいなのまでついてた)。トーナメントにかこつけてお祭り的に多数の既存キャラが登場したこともあって、全体的にモブヴィータの印象が強く残るシナリオでした。絶対的な強さの違いでメギドばかり勝ち残ったのは仕方ないとはいえ、基本的にはあくまでヴィータの大会で、トーア公まわりのあれこれもヴィータの問題、というところで、話のつくりとしてもモブの印象を強くしていくのは正しかったと思います。辺境に旅立ったアイゼンとマケルーの一行、ペルペトゥム含めどこにフラッと現れてもピンチ駆けつけ要因になったと思うので、次の見せ場が今から楽しみです。

メギド72「虚無のメギドと儚い望み」

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 あ! メギドのイベントだ! っていう、ここでしか得られない味わい。好きなシナリオでした。

 一見イケイケの武闘派に見えるブリフォーにメギドの中でも稀有な「個がない」性質が与えられてるの、良いですね……。単純に内在的な衝動がないというわけでもなくて、だからこそああやって燻ってるんだと思いますけど、メギドの「個」としてそれを発露する手段がどうやってもない。だから他人の願いに執着するわけだけど、願いそのものに共感しているわけではないから解釈がどこか歪で、時に願った本人の意向すら飛び越えて暴走する。ラストの一悶着はメギドラルの陰謀どころかブリフォー含め誰の利益にもならない戦いで、だからこそ彼女の純度の高いメギド性が見えた感じがします。

 これはたまたまかもしれないけど、今回ブリフォーが叶えようとした願いの持ち主が2人とも子供だったのもうまく効いてましたよね。他愛ない子供のイタズラを頭から軽んじるでもなく、かといって一緒になって熱狂するわけでもなく、あくまで大人の態度で仕事に取り組むようにそつなく真面目に協力する、っていう距離感がどこかミスマッチな感じで面白かったです。最終的にはソロモンを親分とすることに決めたみたいだし、ソロモンからのより上位の命令があるのでイタズラの手伝いをすることはもうなさそうだけど、インプとの不思議な親分-子分関係も引き続きやってってくれると嬉しいです。

 インプの方はですねー、コミカルなキャラクター性の一方で生者に対する強烈なわだかまりがに匂わされていて、どんな爆弾になるのかと正直恐々としていたんですが、結果的にはある程度解消される方向に向かったので安心9割、さらに突っ込んだ展開が見たかった気持ちが1割といったところです。8章2節でフォルネウスの祭壇に触れたインプが「みんな死んじゃえ」と漏らすシーンは今回のイベントを踏まえた仕込みだったのかなと思いますが、時系列的には今回より後の出来事なので、これで何もかもスッキリ解消したというわけでもなくまだ掘り下げの余地もありそう。魂やら何やらインプの絡めそう話題もまだ残っているので、本編での登場にもワンチャン期待したいですね。

ラノベ人気投票『好きラノ』投票します

 いちせさんのところで今年もライトノベルの人気投票をやってると聞いて……。

lightnovel.jp

 こういうのに参加するのはラノサイ杯以来なのでもう十数年ぶりなんですが、今年は絶対に推したい作品があるので一念発起して投票します。対象期間内の作品を他に読めてなくて、また例によって1冊だけの投票なので気後れしますが……。(ラノサイ杯の頃もそんなこと言ってた)

『祈る神の名を知らず、願う心の形も見えず、それでも月は夜空に昇る。』

【21上ラノベ投票/9784046805133】
品森晶/MF文庫J

 『幻想再帰のアリュージョニスト』作者、念願の商業出版ライトノベルです! アリュージョニスト自体もライトノベルとして書かれたWeb小説ですし、星海社FICTIONSから出版された『アリス・イン・カレイドスピア』も存在しますが、レーベル的にはややボーダー感がありました。その点、今回のレーベルはMF文庫J。誰がどう見ても文句のないライトノベルです! 何年間もずっと読みたかったものがついに本屋さんに並んで、手に取って重さを確かめることができて、しかも天下のMF文庫J! この手に馴染んだサイズ感、イラストレターさんのエモい表紙! 本当に夢みたいで、今も半分夢うつつなんですが、夢じゃない……触れるし持てる……ページもめくれるし……。

 内容もめっちゃよくて、文庫本1冊の制限がある中でのテンポ感や切れ味が品森先生*1の新境地という感じでした。とにかく展開が早くて、こちらの想像したストーリーラインをどんどん追い越しながら話が進んでいくのが気持ちいい。ものすごい勢いで展開された大風呂敷と積み重ねられた意味と文脈が、それでもやっぱりクライマックスのテーマ的解決に向かってびっくりするくらい綺麗に収束する。ボリューム無制限のアリュージョニストとは描き方が根本的に違うところが新鮮で、でも間違いなく通底する作家性もあって……品森先生にはこれからも色んな小説を書いて欲しいと心底思いました……。なお内容については既に感想記事を1本書いています(紹介感想の体なので、けっこう抑えめですが)。

erlkonig.hatenablog.com

 アリュージョニストは連載7年、370万字を超す大作ですが、ライトノベルレーベルの商業作家としての品森先生はまだ本当に始まったばかりで、どうか大成して欲しい~~……! という気持ちです。この流れが次に繋がっていって欲しいという気持ちを込めての1票、よろしくお願いします。

*1:ずっと最近先生って呼んでいたので、この呼び方まだ慣れない

『真・女神転生III NOCTURNE HD REMASTER』

 メガテン……あんまりやったことなかったんですが、ニンテンドーダイレクトのリマスター告知で盛り上がってしまって勢いで買ってしまったやつ。過去にプレイしたストレンジジャーニーはクリア目前という意味不明なところで何となく手が止まってましたが、今回はちゃんと本編クリアまでやり切りましたよ。えらい。

 サガ以上にヘンテコなシリーズという印象が女神転生にはありましたが、まあ大体合ってましたね。そもそも悪魔が仲間になる理由って何なんだろうと思ってましたが、別にそういうのはなくて、強いて言うならノリ。普通にエンカウントして襲いかかってくるくせに、戦闘中でも話しかけたらなんか相手してくれるし、気が向いたらそのまま着いてきてくれて、お願いすれば悪魔合体とかにも応じてくれる(あれけっこう痛いらしいのに……)。おぞましい造形ですけど、どこか抜けてて愛嬌があるんですよね……。

 特にこのIIIは人間がほぼ滅んでいるのもあって、異形の悪魔たちが普通のRPGで言う村人のノリでその辺ほっつき歩いてたり、よく分からない世間話を吹っかけてきたりします。基本的にダークな世界ではあるんですが、この悪魔たちの妙なノリのおかげかシリアス一辺倒というわけでもなく、ちょっと滑稽さの漂う奇妙な終末感を楽しめました。

 メインシナリオの方はさすがに真面目で、死んで生まれ変わった東京を新たな世界に導くために自身の思想を選び取れ、みたいな話が展開されます。本作は定番の秩序・混沌・中立の三択から微妙にズレていて、「強者だけの実力主義」「静寂な全体主義」の並びに「閉じた個人主義」が配置されてるのが面白かったです。ただ、基本的にどれも極端に異形で攻撃的な思想として描かれているので、「なんかヤだな……」という選択肢を選んでたら自然と「どの思想も選ばない」ルートに入った感じ。プレイヤーに共感してもらおうという作りでもないと思うので、織り込み済みの流れなんだろうなとは思います。

 仲間をどんどん入れ替えていくタイプのRPGなので、独特な編成の妙がありました。最前線で仲間にした悪魔は強いスキルを最初から持っているけど、未育成なので運用の幅は狭い。長く育てた悪魔は手持ちのスキルが多くて対応力があるけど、パラーメタでは見劣りしてくる。両者のいいとこ取りをするため悪魔合体を繰り返していくわけですけど、合体で継承できるスキル数には限りがあるし、魔法型のスキル構成なのに合体先がパワー型の悪魔ということも往々にあったりして、絶妙に悩ましい設計です。

 あんまり攻略を見ずに進めたい気持ちがあったので行き当たりばったりで育成してたんですが、システムやデータを完全に把握した上であれこれ考えながら計画的に編成を組めるようになるとかなり遊び方の感覚が違ってきそうですね。そこまでの状態に自分を持っていくのはなかなか大変そうですが……。

 ノーマルモードで遊んだ限り、初見で殺されることはあってもしっかり対策すれば順当に勝てるという感じで、難易度的にはそこそこくらいの印象でした。しっかり対策=適切なスキルや耐性を持った仲魔を揃えることなので、合体素材となる仲間を集めるところから始めないいけない序盤はなかなか大変でしたけど。特に怖かったのは序〜中盤のアクシデント死で、主人公が死んだら仲間が生きてても即ゲームオーバーなタイプのゲームなのに雑魚敵が平気で全体即死呪文を撃ってくるという音に聞こえる鬼畜の仕様。主人公がガッツ系スキルを覚えた途端、道中の理不尽さは目に見えて和らぎましたね……。全体で4回くらいゲームオーバーもらいましたが、全て前半です。後半はボス戦も全て初見で勝てましたが、これはコツを掴んだのもあるけど、単に道に迷って鍛えすぎたせいもあるかも……。

 そう、とにかく道に迷いまくりました。精神的に辛かったのはボス戦よりも圧倒敵に道中で、事故死の恐ろしさもさることながら、同じところをひたすらグルグル歩き回ることになる中盤以降のギミックダンジョンがとにかく大変。じっくり考えれば数手で解けるパズル系ギミックはまだ優しい方で、「正解ルートを進まないとスタートに戻る」系ギミックの施された長大な迷路は総当たりで探索していくしかなく、まさに苦行でした(終盤けっこう頻出した)。攻略サイトのマップとか見ればあっという間に進めるはずなのでだいぶ誘惑されましたが、そこはどうにか我慢したのでえらい(嘘、頭の中の地図が矛盾した時とかにちょっと頼ったりました……)。

 あとは休憩ポイントですね。セーブポイントの出現頻度自体はそこそこで、長めのダンジョンなら必ず何箇所かは設置されていました(特定階層のワープ迷路で長時間迷いまくったりすると、やはりアクシデントによるデータロストが恐怖でしたが……)。ただこのセーブポイント、回復ができるわけではないし、街などへのワープこそできるものの戻ってくることはできない一方通行仕様です。結果的に「このまま突き進むか、いったん拠点に戻って態勢を整えた上でもう一度入り口から再トライするか」の選択を頻繁に迫られることになりました。

 その他にも、「街」に相当する拠点でも基本的に敵が出るので回復ポイントからセーブポイントの間の微妙な距離を移動してる間にも敵とエンカウントしたり、宝箱の確実な開封や最適な悪魔合体のためにその場で足踏みしてゲーム時間を経過させて「煌天」を待つ必要があったり(もちろんその間に何度も敵が出る)、「て、手間!」と感じる動きを要する場面が頻出する設計でした。まあ昔のレトロゲームってそういうものですよね……みたいな感覚で受け入れてましたが、よく考えたらこのゲームPS2ですよね? 流石にレトロゲームではなくない?

 と、感想を書き連ねると苦労話ばかりになるんですが、振り返ってみると割と楽しい苦労だったのかな、という気がしてくるのがリマスターが出るほどの人気作である所以なんでしょうか。今はおろか当時の感覚としてもかなり手間と時間のかかる類のゲームだったと思うんですが、その分の遊び応えみたいなものを感じたのは確かです。じっくり腰を据えて遊べるというか、まとまった時間を作って腰を据えざるを得ないというか……。あんなにしんどかったのに後から「やってよかった」という気持ちになれるのだから、やはり良いゲームだったのでしょう。もう一度やってみたいかというと悩ましいところですが……(追加要素のアマラ深界は全く手付かずでしたが、もう一周する気力はないです……)。

はてな村がわからない、はてなに17年生きている

orangestar.hatenadiary.jp


 最近久しぶりにはてな村関連の話題が盛り上がっていますね。「はてな村が寂れた」という話題で盛り上がっている。大丈夫かなという感がありますが、そういえば私ははてな村のことよく分かってないな、と今さらながら思い返していました。

 はてなダイアリーを始めたのは2004年。まだ14歳の頃でした。年季だけなら古参の部類ですね。当時はたしか、ゲームや小説の感想をひたすら書いていたと思います。月日の経過は驚くほど早く、私も今では14歳です。更新頻度は減りましたが、相変わらずゲームや小説の感想を書いてるので、使い方にはあまり変わりありません。

 はてな村に絡んだことはあんまりありません。小島アジコさんの漫画やテキストが好きなので、なんとなくはてな村概念に親しんでいたのですが、よく考えたら小島アジコさんが好きなだけなのではてな村そのものとの接点は別にありませんでした。前も一回「はてな村のことがわからない」みたいな記事を書いたことがあるのと、『幻想再帰のアリュージョニスト』を人に薦めまくる妖怪扱いではてな村奇譚的に描いてもらったくらいでしょうか。『胎界主』や『幻想再帰のアリュージョニスト』の紹介記事を書いてある程度認知度に貢献できたのは自分よく頑張ったと思えた出来事ですが、このブログを17年間やってきた成果というとそのくらいですね。

erlkonig.hatenablog.com
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 そういう感じで、はてな村からは遠いところに生きていますが、はてなユーザーとして自分が特別変わったポジションにいるとは思いません。はてな村の広場に滅多に顔を出さず、はてなの森にひっそりと隠れ住んで誰に読まれるでもない記録を細々と更新し続けている、そんなアカウントが相当数存在するということなのだと思います。

 人里離れたこんな辺境に住んでいても人が減ったなと感じることは確かにあって、以前はなんとなく書いた感想でも多少ブックマークが付いたんですが、今ではそういうことは稀。気合い入れた記事が一桁ブックマークだと落胆したりとか昔はありましたが、今ではブックマーク数や閲覧数に対する感情はほとんど虚無です。書きたい時に書きたいもののを書いて、投稿したら満足するという霞を食べるみたいなはてなブログの使い方をしています。アクセス稼いでやるぞという色気がなくなっても書く内容は意外と変わらなくて、文章力も巧くも拙くもならない。結局この活動が何なのかよく分からないことを17年くらい続けています。14歳です。

 はてな村奇譚がアクティブだったのは2014年頃ですかね? WEB小説の『幻想再帰のアリュージョニスト』にハマって目玉グルグルさせていたのがその頃です。この小説はメチャクチャ面白くて絶対日の目を見てほしいんですが、なんかすんなり商流に乗せられるタイプの作品でもないみたいで、どうにか流行ってくれ〜〜と当時から必死になっていたと記憶しています。現在もアリュージョニストは未書籍化ですが、連載は続いています。

 あれから7年経った私が何をしているかというと、『幻想再帰のアリュージョニスト』の作者が久々の商業新作を出したので目を血走らせて「みんな読んでくれ〜〜」をやっています。新作、すごく良かったので絶対シリーズ化して欲しいし、これを機に作者の作家活動が軌道に乗ってほしいし、執筆に専念できる安定した生活を送ってもらいたい。そんなこと言っても私にできることなんて何もないんですが、せめて感想や紹介だけでも書いて1人でも多くの人目に触れてほしい。ここで本当に何もできないなら、何のために17年間も感想ブログを続けていたんですかね? そんな気持ちでこの週末も新作の紹介感想を書いていました。

 はてな村、わかりません。ただ、はてなの辺境にいる自覚はあるので、はてなというサービスの行く末にはやはり少し興味があります。はてながなくなっても別のブログサービスを見つけたり、完全にTwitterのアカウントになるだけかもしれませんが、それまではここでゲームや小説の感想を書いたり、アリュージョニストの話をしたりし続けている気がします。もうほとんど何を書いたかも覚えていない、今読み返すと全修正したくなるような17年分のブログ記事ですが、私がやってきてしまったことの結果であり、これを引きずって生きていくしかない気もしているので……。

揺れ動く心の形に名前をつける。作り込まれた世界と叙情溢れる青春ファンタジー『祈る神の名を知らず、願う心の形も見えず、それでも月は夜空に昇る』

 MF文庫Jから出版された新作ライトノベル小説。濃密で要素の多い物語なので一言でジャンルを説明するのもなかなか難しいのですが、ピックアップするなら「異世界ファンタジー」「青春小説」あたりでしょうか。

 民族の神話や遺物・国際情勢など、奥行きのある「設定」を楽しめる作品で、独特の論理で繰り広げられる破天荒なバトル描写も魅力です。種族差別が横行する社会の残酷さ・複雑さとそれに向き合う姿勢をかなりストレートに描いていたり、「言葉」や「名づけ」が重要なキーワードになっていたり、血と臓物まみれの悪夢の描写が強烈なビジュアルイメージとなっていたりと、要素要素でも印象的なモチーフが多いですね。

 そんな多岐にわたる要素が徐々に噛み合っていき、登場人物たちの抱える願い、祈り、切実な決断や心打たれる言葉へと収束していくクライマックスは圧巻。没入したまま読み終わり、本を閉じて虚空を見つめ、しばらくしてはーっとため息をつく、そういう類の小説でした。イラストレターのみすみさんが手がける挿絵も情感的なシーンで効果的に使われていて、雰囲気に合っていたと思います。

 私はもともと作者のWeb小説『幻想再帰のアリュージョニスト』のファンですが、MF文庫Jからの出版は初ということで、今回は過去作品への言及控えめの紹介感想を書いてみます。

増殖する「理想の勇者」

 主人公は1000年前の世界から転生してきたとされる勇者。勇者の器である肉体は人の願いに応えて人格を浮かび上がらせる特質を持つのですが、別々の少女が異なる「理想の勇者像」を心に抱いて願いを捧げたため、顕現した勇者も分裂して人格がブレてしまうという奇妙な状態に陥ります。結局同じ学園に通うことになった勇者(たち)と少女たちが、理想の勇者の存在権を巡ってドタバタしていく、というところが本作のラブコメ要素ですね。と同時に、他人の願いを起源とするため自我が確立しきっていない勇者と、その願いがどういうものなのか自分でも自覚しきれていない少女たちが、迷い、ぶつかり、それぞれの心の形に向き合っていく展開は物語の中心軸でもあります。

 勇者を取り合う少女たちが火花を散らしながらも関係を育んでいくところは、変化球ながらもよい学園青春小説です。肉体を共有している勇者たちはまたちょっと事情が違いますが、「自分であり、自分ではない」存在への接し方や信頼の在り方にも興味深いものがありました。特に「世界は全て俺のものなので俺の別人格も俺のもの」論理で自分の別人格が外部からあれこれされるのを拒絶するオレ様系勇者・アドのスタイルが好きでしたね。

テンポよく飛躍していく序盤、濃密に突き抜けていく終盤

 作者は品森晶さんは「小説家になろう」で300万字オーバーの大長編を書いている方。本作もMF文庫Jとしては珍しい420ページというボリュームですが、続編への仕込みを忍ばせつつ1冊の中でまとまっていて、綺麗な構成の作品でした。前半はかなりテンポがよくて、どんどんストーリーが展開していくスピード感が気持ちよいです。描写の中に数多くの情報が散りばめられてはいるのですが、それ以上に話が早いので、設定説明でテンポが崩れることなく読んでいけるんですね。

 試し読み部分で読める最序盤にも、「おっ」と思う面白いシーンがありました。2章で天使の王国を襲撃する邪教徒。これよく読むと「百回以上の試行錯誤によるパターン把握」とか「時間を巻き戻せない」とかどう考えてもループ能力者としか思えないこと口走ってますよね? こういうのって普通だったら主人公かラスボス格みたいな強キャラなんですが、そんな敵が初戦のかませザコ扱いで瞬殺されて、特に細かい説明もないまま話が進んでいきます。そんなのアリ!? と驚きましたが、こうすることで「ループ能力者とのバトル程度をいちいち解説するまでもない勇者の強さ」「そんな重要シーンをかっ飛ばしていくシナリオのスピード感」をわずかな紙幅で表現しているんですね。さらに後々の展開への伏線にもなっているし、別に気づかなくて支障があるわけではないし、とても巧いシーンです。

 本作にはこういう飛躍が随所にあり、独特のスピード感を楽しむことができます。特に中盤まではこの傾向が強くて、テンポのよい展開にぐいぐい読まされるうち、いつの間にか作品世界の基本事項も頭に入っているという塩梅になっています。後半になると徐々に文章のテンションや情報密度が高まってくるのですが、ここまで読んだ読者なら頭が作品世界に馴染んできているので、そう恐れることもなさそうです。

 本作のクライマックスは、まさに情報と感情の奔流と言うべきもの。どんどん突き抜けていく展開には理解の追いつかないところもありますが、そこで手を止めることなく翻弄されるままに読み進めていくのも本作の醍醐味かと思います。理解を超えた描写に圧倒されている状態と、極限の環境で切羽詰まった登場人物たちの状態は不思議にリンクしていて、そんな混乱した心理状態の中でこそ受け取れる情感が本作にはありました。最終的に登場人物の心のありかたに収束していく青春作品なので、まずはそこさえ外さなければ大丈夫かと思います。

シリアスでシビアな世界、でも時々降ってくる異様なシュールさ

 血なまぐさい悪夢のイメージ、差別が横行し権謀術数が張り巡らされた学園生活など、本作は基本的にシリアスな雰囲気の漂う作品です。ただし登場人物(の何人か)が前向きで明るいのに加え、みすみさんの美しいイラストもあってか、全体を通してみると必ずしも重苦しいばかりの印象はありませんでした。

 あとこの小説、単純なギャグとは捉えにくいんですが、時々なんかヘンテコなシーンが降ってくるんですよね。ボス格のループ能力者が序盤で何か喚きながら瞬殺されるのとかもよく考えたらシュールなんですが、格好いいのかアホなのか分からない勇者アド様とか、言動が妙に若々しい齢1000歳の老人*1とか、個人的な感覚ですがなんか飄々と抜けたところがキャラクターや文体に漂っていて、私は好きです。

 あと、これはネタバレなので深くは言えないんですが、

 リンク先は3人目の勇者ドーパと、彼を呼び出すことになる3人目の少女ミードの公式紹介画像です。2人とも見目麗しく理知的そうなエルフですが、勇者ドーパの方をよくよく読んでみると何か異様なことが書いてありますね? 「弟を主張」? 「姉になるよう洗脳」?

 ちなみにこれは作者による「勇者ドーパ」視点の作品紹介ツイート(後半の方)。

 はい。

 本作には「どう見てもシリアスな場面だし、感動的なんだけど、これ何?」みたいなシーンがところどころにあって、ものすごく不思議な感覚に陥ることがあります。泣けばいいのか、笑えばいいのか。シリアスなのかギャグなのか。ただ本作は、善や悪、真実と虚構、現実と理想をスパッと切り分けない可能性を示唆していく物語なので、何かそういうことなのかもしれません。こういうの、私はすごく好きですね……。

無料公開スピンオフ、超絶の百合

 ちなみに「本編の雰囲気や空気感などの参考」になる無料公開のスピンオフ作品として『ハニーウィッチ・ユーフォリア』という小説が集中連載されていました(本編完結済み)。

kakuyomu.jp

 またちょっと理解しがたい話が増えるんですが、無料公開スピンオフと言いつつ14万字を超えていて、余裕でもう1冊出せるボリュームです。これ何日かけて書いたの?!

 めっちゃ熾烈で完成度の高い百合でした。やばかったです。ちょっと解釈の広いリスキーな言葉なので私あんまり百合って使わないのですが、これは「百合!」って言うしかない気持ちになる。新作小説発売日に完結したんですが、私はこの百合のせいで情緒がムチャクチャになり、新作小説の方を読み切りまでに1日精神を休ませる必要がありました……。

 内容はたしかに本編と世界を同一とするスピンオフ作品。登場人物は本編と異なり、独自に完結した物語なので、どちらから読んでもいい相補的な構成になっています。本編買おうか迷っている人が参考として読むもよし、本編読んだ人がさらなる世界の奥行きを求めて読むもよし。本編ともども凄まじい作品でした……。

*1:私このおじいさんがこの小説のマスコットだと思う。