NOVEL

「この愛をいつかは忘れる」ことまで直視する類の誠実さ - 舞城王太郎『好き好き大好き超愛してる』

愛に対して誠実すぎる作品。「死にゆく恋人のことを自分はいつか忘れてしまうだろう」なんて可能性すら誤魔化さずに直視する類の、壮絶な誠実さを備えた作品です。 今まで舞城さんが幾度も書いてきたテーマのうち、「選ばれなかったもの/失われてしまったも…

事実は公平に、物語は恣意的に - 荒山徹 『サラン、故郷忘じたく候』

柳生とか妖術とか荒山さんお得意の伝記色を抑え、一見すると落ち着いた趣に見える歴史短編集。でもいくら柳生色とか妖術色を抑えても、書いてるのが荒山さんである以上アレな内容にならずにはおれません。破天荒な伝記バトルとかより現実味があり、堅実です…

2008年のまとめに代えて、『ハローサマー、グッドバイ』感想

今年は時間的な問題で例年ほどたくさんの小説を読めませんでしたけど、それでもいくつかの"凄い"小説に触れることができました。それは『北方水滸伝』であり、『笑傲江湖』であり、『闇の公子』であったと思います。いずれの作品も、私の頭の中にある「読書…

『さよならメテオ』

実はだいぶ前に読んで感想まで書いてたんですけれど、書きためたメモの中に埋もれちゃって今更……ああわ。 へんてこりーんな心象風景小説。『エレGY』が小説を専門的に書いてこなかった人の第一作としては驚くほど流暢に綴られていたのと比べると、こちらは…

善と悪の美しさを同じ瞳で見つめる視点 - タニス・リー『闇の公子』

あずまんが大王の大阪さんあたりが谷3とか言い出しそうなーとかどうしようもないことを考えてたら天罰てきめん何もないところでつまづいて転びそうになりました闇の公子の呪いひいい! 妖艶凄絶な暗黒の悪と美を綴るダークファンタジー小説ーとか説明の言葉…

『秘曲 笑傲江湖(二) 幻の旋律』

面白い面白い言いながら読んでます。ほんの一章お話が進むだけで、主人公の置かれる状況や目下の目的、人と人の対立関係までもがどんどん流転していく様が刺激的。ストーリーテリングの操りが実に巧みです。 ある出来事が終わりきらない内に次の事件が発生す…

森博嗣Gシリーズはとても「濃い」/あと『θは遊んでくれたよ』の感想

まだ二冊目までしか読んでませんけど、このシリーズ、すごく「濃い」と思うんですよ。 森博嗣さん的な意味で。どういうことかというと、このシリーズはスカイ・クロラシリーズ並みに「森さんのやりたいこと」が全面に押し出された作品だと思うのです。 この…

『ラス・マンチャス通信』

気持ち悪い小説。気持ち悪いにも色々あって、たとえば佐藤友哉さんの気持ち悪さとはぜんぜん性質の異なる気持ち悪さですね。幻想的な不安感、不条理な憂鬱感、そういった描写の積み重ねが澱んだ閉塞的な世界を現出させています。 描き出される光景は非現実的…

大陸小説の圧倒的ダイナミズム! - 金庸『秘曲 笑傲江湖(一) 殺戮の序曲』

楽しい! この楽しさ尋常ではありません。中国の武侠小説であり、山田風太郎さんのような伝奇小説にも通じ、さらにはライトノベル活劇の文脈にも通じる。とても間口が広く、そしてどの文脈でも一級のダイナミズムに溢れた作品です。 この作品の任侠世界、そ…

楽しかったです『クドリャフカの順番』

文化祭小説! 読んでいてとても楽しい、「読んでよかった」と思える小説でした。 古典部の四者四様、古典部の一人一人がとても活き活きと描かれています。かつて経験したハレの日に郷愁を覚える人、自分の人生にはなかった賑やかなお祭りに羨望を覚える人、…

『デカルトの密室』

これは凄い小説でした。全編が知的刺激に満ちています。ロボットと人工知能と自我についての思索、ただそれだけで一作の「小説」が成り立っていると思います。娯楽性とかストーリーとかがないわけではありませんけど、仮になかったとしてもこの作品は小説で…

『花園のエミリー 鉄球姫エミリー第三幕』

今回はクライマックスにおける主人公の周りでの大きな戦闘自体がなく、人間劇中心のますます大人しい展開になってきました。ただし、むしろ「政治」の面でお話は大きく進展していて、物語が動き出したなという感触があります。権謀術数、というところまでは…

『修道女エミリー 鉄球姫エミリー第二幕』

新人賞デビュー作の続編。前作では真の黒幕に対して一矢もなく現場だけで戦いが完結していたので、あまりすっきりしていない終わり方ではありました。歴史の大きな流れに個人の小さな物語が押し潰されていく非情さ描くならこういう突き放した終わりもありか…

『黒白キューピッド』 - 見ている世界が異なれば、当然出てくる言葉も異なってきますよねっと

中村九郎さんは私の知る中で最も言語化の難しい作家さんで、どのくらい難しいかというと面白いか面白くないかさえ自分で判断できないくらい難しいです。この評価の難しさは、サンプルが少なすぎて評価方法が確立できていないことからくるものなのだと思いま…

『学校を出よう!』

ハルヒ未読絶望系既読。わりと楽しめなくて戸惑いました。博物士さんのところで言及されてた感じなどからして一筋縄でいかない作品なんだろうなとは思ってましたけど、たしかに難易度は高いです。 一人称のだらだらした語りは一文一文が面白ければ何も事件が…

『アストロノト!』

とてもライトノベルっぽいライトノベルであったと思います。長所も短所も、この作品のライトノベル的な部分に起因しているという気がしました。「ロケットで宇宙に行く」と聞くと困難な状況を技術力で乗り越えていく学問燃え要素をまず最初に想像するんです…

『空の境界(下)』

さんざん言われていることだろうと思いますけど、黒桐さんがえらいかっこいいですね。造形的にはわりと普通のキャラクターかもしれませんけど、衒学的な要素で固めたこの作品の中にあってこの"誠実さ"はひときわ異彩を放って見えます。作品にこれだけアクの…

『空の境界(中)』

物語の中盤以降に登場する「小川マンション」がものすごく綾辻行人さんの館ものっぽくて、ああ、好きなんだなあと思いました。この館の構造はお話にも最大限に貢献していましたし、上手くやったなあと思いました。 衒学的な言説を戦わせる形而上バトルもどん…

『空の境界(上)』 - そのなんとまっすぐで幸せな小説であることか

とてもまっすぐな、ストレートな*1、直球な*2小説だと思います。衒学的である、異形である、語り口がまどろっこしい、そういった点は確かにそうなんですけれど、それにしてもなんとまっすぐに書かれた小説かと思います。 恥も照れもなく、自分のかっこいいと…

想像的思索を突き詰めたSF作家は仙人と見分けがつかない - シオドア・スタージョン『海を失った男』

人間、徳が極まれば聖人になりますし、精神を磨けば仏になり、自省を突き詰めれば仙人になります。であれば、思索を深めて人智未踏の領域に達した作家はいったい何と呼ばれるのでしょう。 スタージョンさんは、SF的思索を深めるとこまで深めちゃったせいで悟…

『クラリネット症候群』

最近、乾くるみさんの作品が相次いで文庫化されてて嬉しいです! 「評判はよく聞くけど入手は難しい」作家さんという位置づけから、大きく変わる契機にあるののかもしれません……あとは新作さえ出てくれれば。本書に収録されている書き下ろしの表題作は200ペ…

『黒後家蜘蛛の会(1)』

***は大変なものを盗んでいきました! 初めてのアシモフさんです。まっとうにSFを読んどけばよかったものを、なぜあえてアシモフさんの中でも珍しいミステリーな作風の本作を手にとってしまったのかよく分かりません。森博嗣さんが100選に挙げてらっしゃ…

差別的でもなお面白い作品があるという当たり前のことを、私たちは認めなければならない - 荒山徹『十兵衛両断』

頭おかしいと噂の荒山徹さんを読みました! 朝鮮妖術! 朝鮮柳生! とまああんまりにあんまりな前評判だったので身構えてしまいました。ところが実際に読んでみると剣豪小説としての素の面白さを備えていて、まずはそちらに圧倒されました。史実の曲解捏造も…

『痾』

この内容を「大人しい」と表現するのも人としてどうかと思いますけど、過去の麻耶さんの作品のカタストロフと比較するなら、本作はやっぱり「大人しい」そして「落ち着いた」作品だと言えるのかもしれません。事件の真相も、なんともまっとうなところに落ち…

『少女七竈と七人の可愛そうな大人』-ファンタジーが現実に揺り戻される直前で閉じた作品

気づいたら二年くらい積んでました……。ハードカバーって本当に慣れなくって、年に一冊くらいしか手が伸びないです。重い重いジレンマなのです。「美しい」という概念が、まるでファンタジー上の存在であるかのように語られる作品です。「美しい異形のかんば…

『猫のゆりかご』

アイス・ナインですよ! そしてボコノン教ですよ! アイス・ナインは名作アンリミテッド・サガの合成術としてお馴染みでしょう。またボコノンの書はアンディー・メンテに頻出するアイテムとしてこれもまたお馴染みでしょう。知らんですか。さいですか。 ボコ…

『神様のメモ帳(2)』

出されたものを泣きながらでもちゃんと残さず食べるアリスちゃんはいい子ですね! 四代目のビジュアルが普通に格好よくてびっくり(サングラス&金髪リーゼントのギャグみたいな暴走族風を想像してました) 主人公について、戯言シリーズのいーちゃんが誠実に…

タロットから無限生成される物語 - イタロ・カルヴィーノ『宿命の交わる城』

変な小説ー。タロットカードをどんどん並べていって、そこからの連想で物語を作っていくという試みから生まれた作品集。タロット元来の意味にとらわれず、用いたカードの「絵」そのものから連想を働かしているのが面白いです。 大塚英志さんの『物語の体操』…

『日蝕』

6年ぶりくらいの再読です。以前ハードカバーで読んだ時は、まあ完全にかっこつけたいだけの動機だったので、当時と比べるとそれなりに理解できる部分は増えたのかなと思います。なにせ昔は、「私は何という懼ろしいものを見てしまったのでしょう。それは二人…

『ベルカ、吠えないのか?』

諸手を上げて凄まじいと叫びたいイヌのサーガ。 人間の正史に対する、イヌの逸史の物語です。イヌは自らは記録を残しませんから、人間の歴史の裏でイヌもまた連綿とした歴史を綴っていることに私たちは気がつきません。そういったたしかに存在する、けれど今…